天空の城、備中松山城。私が見た絶景たち。

 

休日に備中松山城に行ってきました。

 

 

 

備中松山城とは?

 

岡山県高梁市にあり、国の史跡に指定されている山城。

標高430mの臥牛山山頂にあり、現存天守をもつ山城としては最も高いところにあるのが特徴。

 

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備中松山城へのアクセス

 

(どちらも下車後徒歩20分)

 

 

今回私は倉敷から車で約1時間かけて高梁市に行き、備中松山城シャトルバスのりばに到着。

自然を感じながらゆっくり歩くのもいいねということで、私たち夫婦は歩いてお城まで行くことに。

 

 

 

お城までの道中は想像以上!

 

駐車場で案内していた現地のおじちゃんの「歩いていくなら遊歩道がきれいだよ」の言葉で、シャトルバスが通る道ではなく、遊歩道で行ってみました。

 

 

 

…が、これが想像以上の道のりでした!

 

遊歩道までは駐車場から少し下に下ります。

こんな景色。

美しい緑が心を癒してくれます。

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そしてここからお城まで歩いていきます。

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入っていくと森の中を探検している気分。

 

 

 

100mくらい進んだところで予想外の出来事が!

ガサガサと音がしたと思ったら、目の前に猿が現れたではありませんか!!

 

野生の猿なんてテレビでしか見たことない。

あの温泉に浸かっている気持ち良さそうな表情の猿しか。

 

その猿が目の前にいてこちらを見つめている。

距離を保ちながらなんとか写真に収めようと思ったけど、興奮しすぎて全然撮れていなかった。

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完全に真ん中の木の後ろに隠れてしまってます。

 

 

 

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ひたすらぐんぐんと進んで行きます。

かなり進んだと思ったらやっと半分ほど。

 

 

まだまだ進みます。

 夫は横で「想像以上だよ〜。ちゃんと心の準備してくるべきだったよ〜」とぶつぶつ。

 

 

 

約1時間かけてやっとお城が見えてきます。

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この高さを登ってきたんだーという達成感と、登ってきたからこそ実感できるお城の存在している場所のすごさ。

 

さっきまで「心の準備が〜」と言っていた夫も、頑張ってよかったと満足そう。

 

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お城に行く方法もそれ以外も、簡単な道を選ぶよりも、少し冒険できる道を選ぶことで思いがけない経験に出逢える可能性がぐっと上がります。

 

文字を丁寧に書くと毎日が楽しくなる

 

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私が始めたこと

最近、新たに始めたことがある。


それは日記を書くこと。

無印良品のノートを使って手で書く。このアナログというのがポイントなのだ。

小学生の頃から何度か日記を書いたことはあったが必ずと言っていいほど続かなかった。
だが、今回は続けられる自信がある。

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きっかけはメモ書き

日記を書くきっかけになったのは、メモ書き。

ある日いつもなら殴り書きするメモ帳に、気づくと習字のように丁寧に字を書いていた。無心だった。

 

そして、その後は何とも言い表せない清々しさがあり、大げさかもしれないがまるで心の霧が晴れたようだった。

 

 

 

文字を丁寧に書くことの効果

どうやらこれにはきちんと理由があったみたいだ。

以下、引用より。

 

写経をするときに、焦って書こうとしたり、「書かなくてはいけない」と思っていたりすると、心がざわざわ落ち着かないので、どんどん字が乱雑になってきます。写経というものは、心が穏やかでないとできないもの。逆にいうと、写経しているうちに心が穏やかになっていくものでもあるのです。

 

(中略)

 

そこに何が書いてあるのか思考を巡らすより、ひたすら今このときに書いている文字に集中します。「書くこと」と自分を一体化させる、つまり、書くことになりきるのです。

引用元:禅の教えに学ぶ 捨てる習慣と軽やかな人生 枡野俊明 

 

 

 

写経ではなく日記にした理由

ただ文字を書き、心を穏やかにするのもいいが、日常の変化や気づきを残したかった。

自分の思い描く人生を生きるため、それまでの道のりをメインに書いていくことにした。

 

 

 

文字を丁寧に書くことを日常的にする

日記を毎日書くと決めて、文字を丁寧に書くことを日常的にすることで、日々瞑想をしているようなもの。

 

今に集中する。そう、今を生きる。

 

過去の後悔は過ぎたこと、未来の心配事はこれからのこと。

それに心奪われ時間を費やしている間にも、今という一瞬一瞬は過去になっていく。

 

 それよりも今、楽しいか。

 

今いる現在に集中すれば、毎日はもっと楽しくなり、心穏やかになる。

 

 

 

 まとめ

文字を丁寧に書くことは、今に集中すること。

それは瞑想と同じ意味を持つ。

瞑想を生活に取り入れることが難しくても、日常で頻度の高い字を書くということを、意識して丁寧に行うことで瞑想と同じ効果が得られ、今を生き、毎日が楽しくなる。